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千木良悠子さんによるエッセイ── vol.1

6 日前
読了時間: 5分

更新日:6 日前

このたび、文筆家 千木良悠子さんにSOMIでの施術体験を

エッセイとして綴っていただけることになりました。


千木良さんは、お互い20代の頃に出会って以来、旅を共にしたり、おいしいものを囲んだり、人生のさまざまな場面で長くよいご縁をいただいている大切な友人のひとりです。

近年は作家・橋本治氏に関する評論集を出版したり、新しい劇作品の制作などに取り組まれています。


旧知の友であり、言葉を生業としている彼女が、SOMIの施術を受けて感じたことを、どんなふうに言語化してくれるのか…エッセイは今後も不定期にお届けする予定です。どうぞおたのしみに!


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Profile

千木良悠子

作家、劇作家、演出家。著作に小説『猫殺しマギー』、評論『はじめての橋本治論』など。また劇団SWANNY主宰として、新宿紀伊國屋ホールや世田谷パブリックシアター等で、多数の演劇作品を上演。2018年から2022年までドイツ・ベルリンに滞在。2027年2月に新宿の劇場で新作上演予定。


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千木良悠子さんによるエッセイ── vol.1

二〇二六年十月 住宅街の学び舎


 秋といえば、抜けるように高い空と、爽やかな風。空気と同じように頭の中も澄んで、思考はクリアになるはずなのに。今年の九月はほぼ雨だったし、たまに晴れれば猛暑がぶり返してくるしで、頭も体も重くて気怠かった。

「もうこの人生で、ある程度のことは経験した。この先これ以上良いことは一個も起こらない」という良くない考えが頭にこびりついて、消えない。自ら不幸を呼び寄せているようなものだ。危ない危ない。

 タイミングよくSOMIで施術を受けることが出来て、本当に良かった。

 

 SOMIのセラピスト・生田和余さんにマッサージをしてもらうと、凝りがほぐれて身体が温まるだけではなく、物の見方や考え方や人生に立ち向かう態度にまで、ほんの少し変化が加わる気がする。隠れていた自分の意外な一面に気づいたりもする。

 私は、弟が二人いる長女なので、無用な責任感を背負いやすい。子供の頃、親に「お姉さんなんだからしっかりしなさい」と言われたのをまだ引きずっている。年齢とともに長女気質を克服して、逆にだらしない怠け者になったと思い込んでいたが、本質的にのんびりした性格の人なら、自分を「怠け者だ」と責めたりはしない。今回施術を受けて、もう無理はやめよう……と思った。

 そんな魔術的なサロンだが、特別に変わったことをするわけではない。鉢植えの植物が設えられた美しい部屋で盥に足を浸し、ハーブティを供される。ベッドに寝そべり、精油を贅沢に使ったオイルやバームで全身をマッサージされる。温かい石をお腹の上や背中の下や足の指の間に置かれる。身体の芯まで温まって、とても気持ちがいい。ウトウトして、もし変な寝言を言ってしまったとしても、生田さんは懐深い人なので、大丈夫。安心して眠っていられる。

 滑らかな石で両腕を揉まれている間、自分の皮膚の下には微細な管が無数に走っていて、休むことなく血液やリンパ液が流れているのだ、と改めて思った。生命の奇跡。この身体もいつかは土に還る。

 生田さんにそれを言うと、近年ハワイの医療センターやタイの大学に赴いて、生体解剖の研修に参加した話をしてくれた。笑顔の柔らかい、たおやかな印象だが、サロンを始めた後に改めて大学院で文化人類学を学ぶなどつねに研鑽を欠かさない、オタクな研究者気質も持ち合わせた人なのだ。

「終了です」と声をかけられて目が覚めた時、身体の奥のほうがじーんと重たくて、疲労が溜まっていたのを自覚した。別室で韓国のカボチャのお茶と小さなお菓子をいただく。行きは都営バスで来たのだが、なんだか闇雲に歩きたくなって、三十分もかけて徒歩で帰宅した。

 

 ちょうど翌日から、しつこい雨が止んで秋晴れの空が輝きだしたのは、もちろん私が世田谷区のサロンでマッサージを受けたせいではないけれど、天気も気分もすっかり変わった。ちょっとした魔法みたい。

 SOMIを訪れる少し前に、仏教学者の末木文美士さんの編著『死者と霊性──近代を問い直す』(岩波新書)に図書館の棚で出くわして、興味を惹かれて読んでいた。末木氏と他四名の研究者による座談を中心とした新書だ。

 本書で末木氏は、「近代」をひたすら社会の進歩や合理化を目指した時代と見なしてきた従来の思想史は、じつは間違っていたのではないか、と指摘する。そもそも「近代」自体が、仏教を始めとする西洋以外の宗教、あるいはその思想を汲み入れた神智学などの影響を強く受けながら始まった、もっと豊かな多様性のある時代だった。だが、いつしか忘れられ、宗教や死についてまともに考えることが忌避されるようになった結果、現代人は冷笑的で弱肉強食の「ポスト近代」で、生きる実感を失って途方にくれている。

 今こそ「近代」を問い直すべきだという末木氏の提案に対し、座談に集った錚々たる研究者たちは、専攻分野こそ哲学や文学や政治学、とそれぞれだが、問題意識を共有して語り合う。霊性というか悟性の光に満ちた、凄みのある本だった。

 

 つまり現代人というのは、宗教や死や霊性といったものを軽侮しているうちに、付き合い方を見失ってしまった初心者ばかりの集団、と言えるのだろう。

 石や植物や死者たち、見えざるものに思いを馳せ、イメージの世界に遊び、祈りを捧げる。そういったことが、人の精神や肉体、社会のあり方にどんな影響を及ぼすのか──もう一度、学び直すべき局面に立っている。

「この先時代が進んで、もっとAI産業が発達したとしても、マッサージをして人に触れる/触れられる、といったことを人類は手放さないんじゃないか」と生田さんは話していた。

 SOMIはもちろん、何も考えずただ寝転んでいるだけで、極上の施術を受けられるお洒落なサロンだが、同時にそういう今の時代に大事なことを愉しみながら学べる、緑滴る住宅街の学び舎のような場所なのだと思う。





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